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よろず屋の猫

『GOTH』 乙一

その前に、乙一に興味を持ったのは『青に捧げる悪夢』と言うアンソロジーの中の彼の作品『階段』が面白かったからなので、その感想を先に書きます。

『青に・・・』はホラーとミステリーのアンソロジーなのですが、『階段』はどんでん返しのトリックがあるわけでも、構成による仕掛けがあるわけでもありません。
殺人鬼も霊も出てきません。
小学校一年生の主人公の妹と、家の急な階段の下で失敗をしたらただではおかないと手ぐすねひいて待っている父、ただこれだけの物語です。
描写も恐怖を特別あおる様な文章ではなく、比較的淡々と語られています。
家と言う最も小さな国家の中で暴君である父、それを止めることが出来ない母、まだ幼くてなす術のない姉妹。
そして読者も幼い頃に経験したかもしれない階段を下りることへの恐怖感。
これだけで充分、その怖さを感じ取ることが出来ました。
『青に・・・』の中で一番の作品だと思い、乙一の作品を読んでみたいと思いました。

では『GOTH』の感想です。
若干のネタバレが入りますので、ご注意を。

GOTHとは文化であり、ファッションであり、スタイルだ。
人間を処刑する道具や拷問の方法を知りたがり、殺人者の心を覗き込むもの、人間の暗黒部分に惹かれるものたちがGOTHと呼ばれる。
僕とクラスメートの森野夜がそうだ。

・・・とカバーに書いてあります。
主人公と森野を表現するのに一番だと流用、さすがはプロ。(笑

傍目には普通の少年として過ごしながら、実は殺人、それも猟奇的なものに特別な興味を持ち、謎の部分を知りたいと願う“僕”。
逆に他の級友たちとなじめずにいる美貌の少女、しかし“僕”と同じ興味を持つ森野。

『暗黒系』は森野が拾った猟奇殺人者の手帳の記述をたどり、まだ見つかっていない死体を捜しにハイキング気分で出かける物語。

『リストカット事件』は手を切断して収拾する異常者の話。これには殺人は出てきません。

『犬』は連続しておきるペットの誘拐事件。

『記憶』は森野の過去の話。

『土』は園芸を楽しむ青年が、人を生き埋めにする話。

『声』は姉を殺された女性が殺人者から姉の声が入ったテープを渡される、と言う話。

基本的に“僕”の一人称で語られ、森野が事件に係ってしまい、僕が事件を暴く。けれど森野にそのことは決して語らない。

複数の人間の一人称で語られる構成により、犯人を「まさか」と思わせる『声』が好きです。

僕も森野も興味の対象の異常さからすると、とても軽やかで何の逡巡もない。
この辺りのキャラの描写が話題になったようですが、エンターテイメントなのでねぇ、想像力の中で遊んで楽しむもの、私はこの二人は新しいタイプで面白いと思いました。
逆に“想像力の中で遊ぶ”と言う事ができない人には読んではいけない小説かと。

僕は最初の頃は森野が事件の被害に合おうが頓着しない、『リストカット事件』では事件に便乗して森野の手を横取りしようとまで画策する。

それが徐々に変わっていき、また二人が根本的に違うのだと言う事が分り、それは最後の『声』で決定的となる。
“僕”は普通の環境の中で育ちながら暗黒を見つめるのに対し、森野には相応のトラウマとなるべき過去がある。
心が空っぽのまま笑っている僕に、私は逆よ、と言う森野。
「言われなくても知っている。」と応える僕。
ラストシーンで二人は別れの挨拶もしないまま、反対方向に歩き出すのです。

で、これは二人の“別れ”を象徴しているのかなと思って読んだのですが、あとがきにGOTHの続きの話が書いてあるので、別れなどと言う深刻な考えなど持たず、小説の中の二人の関係のまま、何んとなーく続いていくのかなとも思いました。
その方が彼ららしいです。

最後に『声』の中での僕の心の声。
僕は森野さんを守る為に動いているのですが、それを
「森野さんに愛情を抱いているから?。」と聞かれて、
愛情ではありません、これは執着というのですよ
“僕”と言う人物をよく表していると思いました。


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